クライミングと握力について

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時々「クライミングには握力が必要ですよね、あの強いクライマーはどれくらい握力があるんでしょうね」「いや、クライミングに必要なのは保持力だよ」みたいな会話を聞きます。結論としては世間に出回っている握力計で計るような「握力」はクライミングとは全く関係がないとスポーツ科学の世界では考えられているのですが、クライミングと握力の関係について考察してみたいと思います。

まず、普通の握力計ではグリップ部分を握って、指を体の方向に曲げながら発揮された力を計測します。この「指の関節を曲げながら」という動作が重要で、この時の筋肉の動作は「筋の長さは変わるけれど、筋の張力が変わらない筋収縮」という意味で等張性収縮(isotonic contraction)と呼ばれています。それに対して、クライミングで一般的なホールドに掴まる動作は「指の関節を動かさずに」発揮する力で、そのような筋肉の動作は「筋の張力は変わるけれど、筋の長さは変わらない筋収縮」という意味で等尺性収縮(isometric contraction)と呼ばれています。そして、等張性収縮の筋力と等尺性収縮の筋力にはあまり相関が無いと言われています。つまり、握力計で計るような指を曲げていく「握力」はクライミングには必要ではなく、指を曲げていかない「保持力」を鍛えるのが重要というのは、科学的にも本当のようです(典拠となるような論文は少し探しただけでは見つけられませんでしたが...)。

なお、クライミングに必要な動作が全て等尺性の筋収縮というわけではありません。例えば高い位置にある遠くのホールドを取りに行くときの「引き付け」の動作は、前腕と上腕を近付けるように肘が動くので、等張性収縮であり、また筋が短くなりながら力を発揮するので、短縮性収縮(concentric contraction)と呼ばれています。逆に、クライムダウンのときに上腕を伸ばすように腰を降ろしていく際の上腕の動作は、筋が伸ばされながら力を発揮する等張性収縮で、伸張性収縮(eccentric contraction)と呼ばれています。

また、「保持力」=「等尺性収縮の指の力」もひとつだけではありません。クリンパー(カチ)は持てるけどスローパーは持てなかったり、ピンチがすごく苦手だったり、と人によって保持しやすいホールドが違う、という体験をしたことはありませんか?これは、関節の角度や向きによって、動員される筋繊維が異なっているためです。つまり、クリンプ(カチ持ち)の場合は第2関節が90度なのに対して、オープンハンドの場合は90度より大きくなっており、動員される筋繊維がその分違うというわけです。そのため、発揮されるクリンプとオープンハンドの最大筋力は異なっており、また別々に鍛える必要がある、ということになります。ある程度経験を積んでスキルが整ったクライマーは、例えばキャンパシングをするなど、オープンハンドやピンチを特別にトレーニングした方が良い、というアドバイスの裏には、このような根拠があります。